イケザワキッチンは週休4日

高知に住んでるおばあさんの日記

67歳で始めるリフォーム計画その①本を読んで考える

67歳になってリフォームの必要性を痛感している冬の朝です。

階下まで降りていくのが面倒くさい、寒い。

起きてすぐに顔を洗いたいし、コーヒーも飲みたい。

 

じゃ、一階で寝れば?と言われるけど

2階の寝室から見る景色が好きなの、

1階は見晴らしが悪いし、いつ誰が来るかわかんないもん。

 

豪華でなくてもいいので

小動物が自分の巣穴に戻ってきた時みたいに

安堵と身を解く家が欲しいのです。

 

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今までは家のことなんて何にも考えてなくて

寝るだけ、というか家にいない。

 

寄る年波のせいで家にいる時間が長くなって、

外にしか向いてなかった気持ちも家に向き出して

 

そしたら時間は経っているのに家だけ時間が止まっていることに気が付いた。

あと何年住めるかわからないけど、残りの人生を家で過ごすならもうちょっと快適に便利に安全に過ごせるようにリフォームしたい。

 

リフォーム計画その①本を読んで考える

 

3,000軒を設計した建築士が教える 50代から生涯暮らすリフォーム 後悔しない47の工夫

3,000軒を設計した建築士が教える 50代から生涯暮らすリフォーム 後悔しない47の工夫

 

 

50代から生涯暮らすリフォーム

65歳すぎると家とか夫婦とか家族とかのあり方をもう一度見直す必要が出てきます。

これからの住まいを考えることは自分自身を考えること、自分の人生を考えることでもある、とリファームをきっかけに強く思いました。

 

工夫⑴・・・間仕切りのないワンルーム住宅、トイレもお風呂も仕切らなくていい。

水回りは一箇所で、何をしたい場所が欲しいのかと考える。⇄寝る場所、洗面する場所、最低限欲しい場所。⇄ワンルームなら空調機が一台で済む、床暖房だと洗面室を温められる。

 

工夫⑵・・・寝室+トイレ+バスを集めた間取りにする。夫婦の領域は二つにする。ただトイレとバスルームは二人の領域の間に挟む。洗面脱衣室は広くとる。

 

工夫⑶・・・アウトドアリビングで家が広がる。エントランス、アプローチ、玄関周りを工夫して家に帰りたくする、玄関を開けるとホッとする家を作る。

 

 

ぼくの住まい論

ぼくの住まい論

 

ぼくの住まい論 内田 樹著

 

この題名で本が出せるということはすっごい著名人なんだな、

というのが第一印象。

 

19歳で家を出て学生寮には入って、高校時代の仲間とシェアハウスして、風呂のあるマンションに移って、それから兄貴と二人暮らしして、結婚して、離婚して、娘と父子家庭して、また結婚して・・・。

 

賃貸し住宅を転々として、平均で3年に一回引越しをしている計算になる。

土地を買って家を建てる、ということに興味がなかった。

だいたい土地というのは海洋や河川と同じく社会的共通資本であって「私有すべきものではない」と思っていた。

 

合気道7段、武道家として「自分の道場を持つこと」は長年の夢だった。

神戸女学院大学を定年退職して、60歳になったところで家を建てる決心をした。

 

60歳を過ぎて定年退職もして、長年の夢だった道場を建てたのでした。

道場の2階が夫婦二人の住まいということで。 

気持ちわかります、それまでは家に興味がなく学ぶこと、体験すること、挑戦することに夢中だったのね、60歳過ぎて家というか足元が気になった。

 

学校の先生をしていらしたので教育論も書いている。

「母港」論に納得しました。母港を持つものは「いつでも帰れる港がある」ということで、航海のパフォーマンスが上がる。母港を持たないと本人に能力があってもその能力を十分に発揮できない、ってことで母港を持つことは大事、そして私たちは次に続くものの為に母港たれ、と言っている。

 

学びのシステムを持たない集団は存続することができません。

だから学校教育は「誰でも、一定の手順を覚えさえすれば、教える仕事は果たせる」ように制度設定されていた。

 

貨幣というのは商品なんです、ただし持っているだけでは何の役にも立たない、

「他の商品と交換しなければ意味がない商品」

人間の欲望には生理的な限界がある、1日に3回しか食事はできない、1日に一軒でしか寝ることができない、服は一度に何十とは着られない。

身体的な欲求をベースに消費していれば、いずれ「身体という限界」に突き当たる。

 

想像以上に内容の濃い本でした、先生のファンいなって他の本も読みました。

 

 

 

食う寝る遊ぶ 小屋暮らし

食う寝る遊ぶ 小屋暮らし

 

 

小屋暮らし〜食う寝る遊ぶ 中村好文著 

 1948年生まれの建築の専門家で受賞歴も多数あり、「住宅読本」などの住宅関連の著書もたくさん出している大先生の、趣味で作った小屋の話がとても面白い。

 

長野県浅間山荘のふもとの南斜面に、

開拓者夫婦が住んでいた小さな空き家がありました。

この小さな空き家を自由自足型の趣味の小屋に増改築して

週末や休暇を楽しもうとしたのが住宅の大先生だったわけです。

 

床面積の合計は14坪のワンルームに、畳一畳敷のロフト、南側にサンルームと縁側を足して2で割ったような4畳半ほどの空間、小屋の周りには広い畑とエントランス、アプローチがある。そして小屋の名前は「LEMM HUT=旅鼠の小屋」

 

必要に応じて、居間・食堂・寝室を引き戸の開閉によって

融通無碍な部屋に使い分ける日本家屋の良さを活かしながら

ある意味けじめのなさからくる「所在なさ、居場所のなさ」

を補う工夫を随所に用意した。

住宅の価値は面積ではなく、居心地の良い場所の数で決まるものだと思っている。

 

とっておきの場所は端っこに建てた五右衛門風呂の小屋、

床面積は約3畳半、そのうちの半分が「浴室」と五右衛門風呂の滝口、

残りが脱衣所兼寝室。

「起きて半畳、寝て一畳」の小さな空間がとても居心地がいい、

自分の巣穴に帰ってきた小動物のような気持ちになるのです。

念願の小屋暮らしを始めたのは2005年のことでした。

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小屋での暮らしで「線と菅」に繋がれていない生活を体感して見ると、

不便と不自由は生活の知恵と創意工夫の精神で乗り越えることができるし

「食う、寝る」という基本的な生活行為を自分らしいやり方で愉快にしていくことが

生きるということだ。

 

リフォーム完成の暁には「ウリチベ」と名付けようかな。

 

 

 

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